『時空浴~倍音浴3』について text by 牧野持侑
2005年のCD「
倍音浴」、2007年の「
睡眠浴」に続く倍音浴シリーズ3作目 となる今回の「時空浴」は、2009年7月22日、今世紀最大・最長の皆既日蝕時の「月と太陽」が織りなし放射する強力なエネルギーを取り込んだアルバム作りを基本テーマに、最新型のアルケミー・クリスタルボウル60 個を使い、彩の国・さいたま芸術劇場/音楽ホールにて日蝕前後に焦点 を合わせて録音された。
日蝕の前日に会場に入ってボウルをセットして試し録りしたが、会場の響き具合は良好。夏の太陽の日差しで屋根が熱せられたせいなのだろうか。時折、天井でビシッときしんだ音がするので気にはなったが、本番の収録中には支障なかった。
「倍音浴」の録音の良さを誉める人は数多くいるが、今回の録音もその「倍音浴」と同じ角田郁雄さんに依頼。2本の高性能ペアドマイクのみで最高の音を録ってくれた。
倍音浴シリーズ第3作目の制作のきっかけは、プロデューサーの磯田さんの頭に最初に浮かんだ「時空浴」というCDのタイトルに始まるのだが、そこからイメージが増幅され、さまざまな要素が加味され組み立てられ、皆既日蝕のエネルギーまでをも取り込んで「時空浴」にふさわしい内容になったと思う。
「倍音浴」「睡眠浴」ではクリスタルボウルのみのソロの曲がメインであったが、今回はソロの曲に加えて、環境音楽の発案者、ブライアン・イーノが、1978年にアンビエント・シリーズ第1作として発表した「Music for Airports」の1曲目の「1/1」を原曲のようにシンセを入れて録音することになった。この曲をクリスタルボウルでやってみようと言う話は以前もあったのだが、必要となる音程のボウルを選択するのが当時は難しく、 仕方なく断念した経緯もある。しかしここ1~2年のアルケミーボウル製 造技術の格段の向上により、2オクターブまでのほぼ正確な音程のボウルが揃えられるようになって来たこともあり、今回は問題なく実現することになった。
しかしながら単にアルケミー・クリスタルボウルのソロでイーノの曲をやっても面白みや良さが出ないという結論に達し、急遽、磯田さんと長い付き合いのある古楽器バンド・
タブラトゥーラのメンバー
近藤郁夫さんに「Music for Airports1/1」の採譜をお願いしたばかりか、シンセの編曲、プログラミング、果ては演奏までをもお願いする結果となってしまった。かなり原曲に沿った編曲でのシンセとアルケミー・クリスタルボウルの組み合わせによる重厚でかつ軽やかで、アルケミー・クリスタルボウルの響きの良さを十分に引き出してくれる仕上がりとなったのは、近藤さんの卓越した音楽センスと音楽力に依るところが大きい。
30年前に発表された「Music for Airports」は、文字通り、カナダ/トロント空港のラウンジで流すBGMとして制作され、「特定の環境のための音をデザインし配置する」という発想で作られた、アンビエント・ミュージックの金字塔とも言うべきアルバムで、30年後の今でもまったく色あせない不朽の名作であることは間違いない。今回のアルバムに収録した「1/1」には、イーノの原曲と同じテンポ83と、片岡慎介氏が提唱する「絶対テンポ・月のテンポ116」の半分の58で演奏された2通りのテンポを意図的に入れてみた。クリスタルボウルはそのふちを回しての音が主流だが、今回は一切回さずにアタック音のみでの収録となった。アルケミー・クリスタルボウルのアタック音の特性は、30秒を越える非常に長い残響であり、沢山の倍音を含む豊かな音響であり、それらを活かすには、遅いテンポの方がよりボウル同士の共鳴感が良いことを実感した。オリジナルのテンポも軽快で良いのだが、よりリラックスした気持ちに変性してくれるのはテンポ58だ。テンポ83のすぐあとにこのテンポ58を聴くと、本当にゆったりとしたアルケミー・クリスタルボウルの響きを楽しむことが出来る。両方を聴き比べて、心身への作用の違いを体感して頂きたい。
実はアルケミー・クリスタルボウルによる「Music for Airports1/1」を薦めてくれたのはジャズギタリストの宮野弘紀さんで、彼がお風呂に浸かっている時に突然イーノのミュージック・フォー・エアポーツが聴きたくなり、その時に私がこの曲をクリスタルボウルで演奏するといいのではないか、と思ったそうで、その思いを磯田さんにメールされたのがきっかけとなり実現されたというエピソードがある。
「時空浴」のイメージは、「Music for Airports1/1」を自分が離陸する空港のロビーで聴くところから始まり、天体ショーへと旅立って行く。空中を移動しながら月が太陽を完全に覆い隠す皆既日蝕を観察し、そして月の光を背に受け、月のテンポ58の「Music for Airports1/1」を聴きながら地球に帰還するという1時間のジャーニーで、皆既日蝕の前には 夏の北の星空に現れる・琴座のオルフェウスに立ち寄り、ギリシャ神話に出てくる琴の名人オルフェウスと妻エウリュディケの悲しい物語に思いを馳せ、時空を越え天空を飛翔するというオプションツアーまでついてくる。
最後にはなったが、宮野弘紀さん、片岡慎介さん、近藤郁夫さん、角田郁雄さん、依田恭司郎さん、なつねこさんに心より感謝の気持ちを述べたい。